2016年

2016/12/7 中森明菜ディナーショー

今年最大のイベントとなった出来事に関しての日記です。
 
12月7日、今話題になっている中森明菜のディナーショーに行ってきました。人生初のディナーショーです。
前回生の明菜ちゃんを見たのが2001年のコンサート、その後海外生活が続いているので、なかなかチャンスがありません。今回は15年ぶりの再会です。
仕事の繁忙期だったのですが、何とか調整して、このためだけに一時帰国しました。
 
まずは、このディナーショーに纏わる話から始めます。
8月31日、東京スポーツが7年ぶりのディナーショーを報道しました。
東スポ記事の信憑性は低いので、普段は気に留めないのですが、今回は万が一事実であった時のために、テレビ局に勤務している数名の友人に、もし開催されるようであれば入手することができるかを聞きました。が、どの友人も、今回はチケットが相当取りずらくなると思うから、確約はできないとのことでした。

9月2日の朝、ヤフーのトップ記事でディナーショー復帰の事実を知りました。
2日前の東スポ記事は事実だったのです!
中森明菜に関するニュースが出る度に、僕のLINEには何人かの友達から連絡がきます。この日も数人から「おめでとう!」という連絡がありました。僕はたまたまその中の一人の友人に「今回はどうしても行きたいけど、チケット取るのが難しそうだよ」と話したところ、その友人が「長野のブエナビスタ(会場の一つ)に知り合いがいる人を知っているから、ちょっと聞いてみようか?」と。その後、極秘で二枚のチケットを取ってもらうことが決まりました。松本なので、少し遠いものの、今回は何が何でも行きたいという思い、そして、東京や大阪のチケットはほぼ取れないであろうと確信していたので、そんなコネを使えるのであれば使わなくては!とお願いしたのです。
こうして、僕はこの嬉しいニュースが出た当日、そして、チケットの正式販売の2週間前にディナーショー行きが決定したのです。(持つべきものは友達です!)
 
今回のチケット購入は予想以上に困難だったようで、9月16日の販売開始の際は数分で完売となり、購入できなかった人が多数いたとニュースになっていました。
 
それからの約3か月間、「明菜が本当に舞台に立てるのか?」「またドタキャンするのじゃないか?」という不安の声があちらこちらで囁かれていました。
 
11月末、スポニチでディナーショーのリハーサル会場に入る笑顔の姿が記事となり、僕らファンを安心させてくれました。
4万2,000円という高額なチケットを購入しているので、当然出てきてもらわないと困るのですが、僕の心の中でも半信半疑でした。もしドタキャンとなっても、それは仕方ない。返金だって必要ないと考えていました。彼女がもう一度ファンの前に出てこようという気持ちになってくれただけで嬉しかったからです。
ただ、この写真を見た時は、「これは本当に実現しそうだ!!!」と、かなりのサプライズでした。
 
12月4日、ディナーショーの初日は東京お台場のヒルトンでした。
Facebookのファンページでは、公演開始の数時間前から、会場に来ているファンの人たちが会場の様子やらを投稿し、ファンページはこれまで以上に賑わっていました。彼女はとてもあがり症で、舞台の幕が開く日本時間20:00(台湾時間19:00)が近づくにつれて、台湾にいる僕ですら手に汗かいて、固唾を呑んでいました。
20:10(開始予定時刻から約10分後)、Facebookのファンページは静まり返りました。
今、この時間に中森明菜が舞台で立ち歌っていると思うだけで、僕は感無量でした。
21:40、一人目のファンが速報を投稿しました。世界各国にいるファンは「声はどうだった?」「元気だったか?」と質問を投げかけていました。その後、様々な情報が入ってきました。
そして、深夜ヤフーニュースに数時間前の復帰ディナーショーの記事が。
中森明菜 ディナーショーで7年ぶり復活唱!紅白裏話も披露
彼女を応援するコメントが大多数を占めています!
 
彼女はわがままだとか言われていますし、絶頂期には若気の至りで理不尽なこともあったのかもしれませんが、どうしてこんなに彼女を応援する人がいるのでしょう。それは、彼女が何事に対しても一生懸命だから、純粋な心を持っているから、心の優しい人間だから、そして、もちろん彼女の歌がたくさんの人を勇気づけることができるからに他なりません。
彼女の芸能界における人生、デビュー後すぐにトップスターにのし上がったものの、ある恋愛がきっかけで、人生は一転しました。その後は不遇な時代が続きました。時に、中森明菜ファンであるというと、「え!?」と驚かれることも。それでも、僕はずっと応援し続けました。いつか、こうしてまた評価される日を信じて。
   
127日、第二回目となるディナーショー(松本公演)当日。
朝10:00のあずさで松本へ向かいました。

 
初めての松本だったので、松本城を見学。
とてもいい天気で最高の一日でした!
 
今回のディナーショーは、19:00から始まるショーの前(17:00〜)にディナーと後(20:30〜)にディナーという二パターン。
僕は前者だったので、ディナーが始まる前にホテルに戻り、ディナー会場へ!

ディナーの前にまずは会場の撮影をしなくてはいけません!
   

中華・和食・フランス料理の中から、僕が選んだのはフランス料理。
会場スタッフが勧めてくれるので、僕はビールを二杯、ワインも五杯くらい飲んでしまいました。

ディナー終了後、ホテルの部屋に戻り、トイレに行き、そして、いざ三階のショーの会場へ!
会場の外はファンでごった返しています。どんな人が来ているのかを見るのも楽しいですよね。
男女半々くらいで、年齢層は40代から70代、芸能人が来てるかも気になりましたが、芸能人は東京・大阪かもしれないですね。芸能人らしき人はいませんでした。
 
会場はこんな感じです。客席からステージまではかなり近いです。僕のチケットも、よい席を取ってくれるようお願いしてくれていたようで、6列目の中央という素晴らしい席でした。


開演時刻までは、昔のコンサートビデオが流れていました。
ディナーの時に飲み過ぎ、尿が止まらなくなってしまい、ショーが始まる前に何度も何度もトイレに行きました。
あの規模のショーでは、途中退席なんてできません。
直前にもう一度行き、もうこれ以上でないだろう?というレベルまで持っていくことができました。

19:00、開演時刻が過ぎ、明菜コールが起こり始め、もう間もなく出てくるという雰囲気になってきました。
周りではハンカチを片手に涙を流している人もちらほら見かけられました。
そして、僕自身も、彼女が休んでいたこの7年間のこと、彼女の人生を振り返り、涙が溢れてきました。
「またこうして彼女の生歌を聴くことができるなんて.......」(号泣) 
 
黒いドレスに身を包まれた彼女が登場し、二年前の紅白復帰で歌った 「ROJO~TIERRA~」から始まり、約1時間20分にわたり、4回の衣装チェンジをし、カバー曲や昔のヒット曲を披露、完全復活を印象付ける素晴らしいショーでした。
ショーの開始前と終了後

個人的な感想としては、
①歌
年齢による声量というものもあるので、絶頂期の頃の声量に戻ることは不可能かと思いますが、休養宣言をする直前に比べてかなり良くなっていたと思いました。あるファンの人は、2003年から04年の頃のレベルまで戻ったと言う人もいました。最後の30分間は過去のヒットメドレーだったのですが、「TATTOO」「DESIRE」「十戒」ではステージを右へ左へ、激しい踊りも披露してくれました。
②外見
相変わらず細いですが、7年間体調が悪くて休んでいたとは思わせないくらいで、全く衰えていませんでした。1987年の「TANGO NOIR」を歌っていた頃の妖艶さとオーラを醸し出しており、オーラは絶頂期と変わりませんでした。
③トーク
相変わらず声が小さいですが、これまでと同じような自虐ネタやら松本のエピソードやらを楽しく話してくれて、笑わせてくれました。
 
海外に住んでいるということもあり、来年以降、ディナーショーのために一時帰国ということはできないと思いますが、今回の復活ディナーショーはどうしても見ておきたかったので、チケットを入手してくれた友人に心から感謝をしています。

  
昔、誰かが言っていました。
「中森明菜というアーティストと同じ時代に生まれることができて幸せだった」と。
僕も同感です。
 
今年年初からのSMAP解散騒動で、中森明菜のこれまでの騒動の裏話が明らかになりました。僕にとってはやっと点と線が繋がったという衝撃の事実でした。
これを機に、悪意のある人間に邪魔をされることなく、中森明菜が自分のペースで元気に歌い続けてくれることを心から祈っています。